「福島」の地は、所長の横島(私)にとっては勤務の都合で移り住んだに過ぎない土地であり、もともとは縁もゆかりもない土地でした(出身は、隣の栃木県です)。そして、移り住んで一年もしない時に東日本大震災があり、僅かでしたが被爆を危惧する日々を過ごしました。
このたび特許事務所を開設するにあたり、当然に他の土地での開設も検討しました。しかしながら、良くして頂ける周囲の方々とのご縁もありますが、何よりも原発事故で理不尽な仕打ちを受けた「福島」にこそ次の世代の可能性があるように感じて、この地で特許事務所を開設することに致しました。
私は、数ヶ月間の居住を含めれば、大学入学の際に栃木県を離れて以来、北から仙台(宮城)、米沢(山形)、大宮(埼玉)、横浜(神奈川)、大津(滋賀)、呉(広島)で暮らした経験があります。また、ミュンヘン(ドイツ)にも暮らしました。それ以外にも趣味のオートバイで日本中を巡っています。それぞれの土地には個性があり、その個性の存在が新たな未来の可能性であるように、少なくとも私は感じます。
一方、現状の日本には閉塞感が蔓延しています。この閉塞感というのは“行き先が見えない”状態であって、そこからの脱却が困難であることと表裏一体の状態です。これに対して、原発事故後の福島には差し迫った課題が山積し、いろいろな点で“行き先が見えない”と言っている余裕すら無い状態です。しかし、この福島の状態は(理想とは逆の方向ですが)閉塞感とは距離のある状態であって、福島は特別の可能性を持つ場所とも理解できると思います。そして、この状態から脱却した際には、福島には「困難からの復興」という個性が付加されて、それが次の世代の可能性を生むと感じています。
そのような福島において一緒に仕事をさせて頂き、多少でもお手伝いをさせて頂くことで私も新しい可能性を見つけたいと思ったことが、福島に特許事務所を開設する理由です。