審決取消訴訟で勝訴しました

 先日、判決の言い渡しがあって、当所が代理した審決取消訴訟で勝訴しました。開所したての当所にとっては初戦の初勝利で素直にうれしい出来事なので、審決取消訴訟のご紹介と共にご報告させて頂きます。

 半分(以上?)が自慢話と目をつむってご一読頂ければと思います。

 

 「審決取消訴訟」とは、特許庁の審判合議体が行った「審決」の取消を求めて裁判所に提訴して行う訴訟のことであり、今回は「拒絶査定不服審判」についての審決の取消を求めたものです。この「拒絶査定不服審判」は、(その名前のとおり)審査官がした拒絶査定の取消を求めて行う審判ですから、その審決取消訴訟は特許出願の第3ラウンド的な場面です(正確には、第3ラウンドでなく、第2ラウンドの“番外編”に相当します。詳しくは以下で…)。

 特許庁の統計(*1)によれば、拒絶査定不服審判(査定系)についての審決取消訴訟は年間で100件前後の提訴があり、原告勝訴(=審決の取消)の割合は2割前後です。この状況は、まさに「十中、八、九は特許庁の勝ち」という状況であり、特許庁の審理結果を裁判所が高い割合で支持している点は、特許庁で審査業務をさせて頂いていた身としては誇らしくも感じます。

 一方、出願人側の代理人として事案を担当する場合にはハードルが高いということであり、今回、無事に審決取消を勝ち得たことで安堵しています。

 

 審決取消訴訟の特徴について、主観も交えて以下にいくつかご紹介します。

 

 審決取消訴訟は、ちょっと不思議な立ち位置にある手続きです。例えば、「拒絶査定不服審判」では、審理対象である「拒絶査定」が妥当で無いと判断されれば “特許する” 旨の審決が出されます。一方、今回は“拒絶審決を取り消す”旨の判決を受けた訳ですが、これは“特許する”という意味ではありません。あくまで、判決は “拒絶審決を取り消す” のであって、これによって本出願は審決がなされる以前に戻って、再び「審判」で審理を受けることになります。

 つまり、審決取消訴訟は “特許すべきか否か” を争う場所ではなく、 “審決が妥当であったか否か” を争う場所であり、最終的に “特許する” のは第2ラウンドである「審判」です。そして、もし審判が本出願について別の拒絶理由を見出した場合には、改めて “拒絶審決” がなされる可能性があります(そのようにならないことを祈るばかりです)。

 このような事情があるため、上記で「第2ラウンドの“番外編”」と記載しました。このような取扱がされる理由は、「特許査定」という行政処分が特許庁の専権事項であり、裁判所であってもこれを行うことができないためです。

 

 また、審決取消訴訟の他の特徴として、判断の主体が裁判官であって、大半の裁判官は文系のバックグラウンドをお持ちの方であるということです。特許弁理士の日常業務は明細書や意見書等の書面の作成等ですが、これらの書面はいずれも所定の技術的な知識を持つ技術者を前提として記載します。これに対して、裁判所に提出する各種の書面は、読者が技術的知識を有しないものとして記載する必要があり、弁理士にとってはある意味で不慣れな作業でもあります。

 特許出願の審査や特許の有効・無効の判断を専権事項とする特許庁が特に設けられている趣旨は、特許が技術的な事項に関わるものであるために、専門官庁(特許庁)で特許出願の審査等を行うことが合理的であるためと理解しています。一方、その特許庁(審判)が誤った判断をしないとも限らないため、その妥当性を判断する仕組みが必要であって、それが「審決取消訴訟」であると考えています。

 つまり、裁判所に特許に関わる技術的な事項についての判断を求めることが合理的でないことは元より承知の上で、他に方法がないために裁判所で「審決取消訴訟」が行われるものと理解しています。そして、その合理的でない部分は関係者が分担して負担する他なく、通常とは異なる書きぶりの書面の準備が必要とされる等もその一部であると思います。

 

 最後に、審決取消訴訟において痛感したことは、「訴えの機会」の少なさです。ご存じのとおり日本の裁判は三審制であり、通常であれば3回の訴えの機会があります。一方、特許出願等に関しては、特許庁での審判手続が裁判に類似した準司法的手続によって行われるために一審級が省略され、裁判は知的財産高等裁判所(東京高等裁判所の特別の支部)から始まると特許法が規定するため、裁判所での訴えの機会は2回になります。

 特許法が想定している流れは、審査官がした「拒絶査定」について出願人に不服がある場合には、①まず特許庁内の“上級審”としての審判合議体で「拒絶査定」の妥当性を審理(拒絶査定不服審判)し、②その審決においても不服が解消しない場合には知財高裁(及び、最高裁)で審決取消訴訟として審理するというものです。つまり、拒絶査定を受けた出願人は最初に特許庁での審判を受けるために、裁判所での審理を最大で2回として、合計3回(三審制)にするという構造です。

 一方、今回の拒絶審決は、拒絶査定を妥当とする拒絶審決ではなく(つまり審査結果の妥当性は否定された)、審判が新しく見出した拒絶理由による拒絶審決でした(注:特許法上は適法です)。このため、今回の知財高裁での審理が、拒絶審決で示された拒絶理由の妥当性を争う初戦でした。一方、特許庁の統計(*1)によれば、過去10年間で査定系での知財高裁の判決が最高裁で覆された案件が存在せず、事実上は知財高裁での判断が最終判断となるために、今回の事案ではこの初戦が最終戦ということになりました。

 このような事情で、今回の事案では、知財高裁における審理が拒絶の原因となった拒絶理由の妥当性を第三者の判断に委ねる事実上の唯一の機会であり、出願人にとっては“後(あと)がない”非常に厳しい場面であることを痛感しながら手続きを行いました。(制度的な手当があっても良いのにと、少し思いました。)

 

 弁理士としては、依頼者の皆様に良い権利を取得して頂くために、日常から関連する判決を勉強することは勿論ですが、特に興味があって、当所の所長(と、影の所長)は特許侵害訴訟に関する研究をライフワークにしています(検索して頂ければ、簡単な研究報告を見て頂けると思います)。今回、実際に自ら訴訟に関わりましたが、いろいろと先人の行った主張や立証を見知っていたことが非常に役に立ちました。

 

 審決取消訴訟において、特許庁の最終見解である「審決」の妥当性を裁判所で争うことは、実は、特許庁の審判官との間で、どちらの主張が正しい特許法の運用であるかを争うということです。この作業は、依頼者の皆様(特許出願人や特許権者等)の利益を守る役割である弁理士としては負けられるものではありませんし、その相手が特許についてのプロ中のプロであるなら不足はありません(たった一回の勝訴で、十分にいい気になっています!)。

 今後も、通常の特許出願に加えて、審決取消訴訟等の場面でも依頼者の皆様の信頼にお答えできるよう、精進したいと思います。              (*1:特許行政年次報告書2018年版)

2019年01月10日